fc2ブログ
                
updated date : 2023/03/16

五つ目の選択肢・その2

最初は面倒くさがっていたAさんだったが嶋田さんについて詳しく話していくと重い腰を上げてくれた。

そして俺と会う事を渋る嶋田さんを何とか説得して会社近くのファミレスで話を聞かせてもらう事になった。

ファミレスに入るなりAさんから

お勘定はKさんの奢りという事で良いんですよね?

と言ったかと思うと俺が首を縦に振るより先に大量の料理を注文する。

最近は、オーダーが口頭じゃなくタブレットになったおかげでどれだけ沢山頼んでも

恥ずかしさを感じなくて良くなりましたよね・・・。

そう言いながらどう考えても1人で食べきれない程の料理を注文し続けるAさん。

いや、そもそもAさんが大量の注文をする際に羞恥心というものを感じていたのか?と

今更ながらに驚かされた。

そして話を聞きに来たのか、それとも腹を満たしに来たのか、判別不能なAさんの前で嶋田さんを思い留まらせようと説得を開始した。

本当にそのお坊さんの言う事が正しいとしたら単なる無駄死になりますよ?

なんで同僚とはいえ他人の為にそこまでしてあげなきゃいけないんですか?

そう力説する俺に対して嶋田さんはこう返してきた。

僕にはこれくらいの事しか出来ないから・・・。

今までお世話になった会社の仲間を救えるのなら、いや救えなかったとしても少しでも彼らが長く生きられるのなら自分が犠牲になる価値があるから・・・。

それを聞いた俺が

相手はそんなに甘いモノじゃないと思うよ?

苦しんで耐えられない痛みの中で死んでいく事になるかもしれないんだから!

と返すと嶋田さんは

天敵って言葉を知ってますか?

きっとそいつは人間にとって天敵と言える存在なんだと思うんです。

それはそいつも分かっていて簡単に殺せると思ってる。

それが許せないんです。

今の時代も昔も人間は必死に頑張って生きてるのに・・・。

だから、殺される前に一矢報えたならそれだけでも良いんですよね。

怖くないといったら嘘になるけどどんな事をしてでも死の連鎖は僕で止めないと!

そのまま死を受け入れるのが一つ目の選択だとしたら、死の連鎖から逃げようとするのが二つ目の選択肢。

でも僕は三つ目の選択肢を選んだんです。

つまり呪いの対象にはなるけど絶対に僕の番で呪いを食い止めてやるって!

それが出来るのなら三つ目の選択肢も案外悪いものじゃないでしょう?

そう返してきた。

そう言われて俺が何も言えずにいるとペペロンチーノを口いっぱいに頬張ったAさんが

口を開いた。

「ひょれじゃひょんひょめのへんたきゅしというのはごうでしゅか?」と。

一瞬、俺と嶋田さんは固まりAさんの方を見た。

そして俺が

ごめん。何言ってるかわかんなかった・・・もう一回日本語でお願い・・・。

と言うとペペロンチーノを飲み込んでAさんが少しキレ気味にこう言った。

それじゃ、四個目の選択肢というのはどうですか?と言ったんですけど?と。

いや、実際キレられても困るのだが・・・。

絶対にそんな風には聞き取れなかったし・・・。

とは言え、俺と嶋田さんはAさんが話す言葉を黙って聞くしかなかった。

さっきからずっと異様な殺気を送ってきてるんですが内ポケットに入れてあるソレを出して貰えますか?

そう言われて驚いた顔で嶋田さんはジャンパーの内ポケットから黄色く変色したヒトガタを丁寧に取り出してテーブルの上に置いた。

そして、こんな言葉を絞り出した。

これには絶対に触らないでくださいね。

触ると呪いが僕から離れてそちらに行ってしまう危険がありますから・・・。

死ぬのは僕一人で十分ですから・・・と。

そしてしばらくそのヒトガタを眺めていたAさんはこんな事を喋りだした。

本当にKさんが言っていた通りの人みたいですね・・・。

自分を犠牲にする事に強迫観念でもあるみたいで・・・。

まあそういう人は嫌いじゃないですけど度が過ぎると更に状況を悪化させますよ?

残念ですけど此処に置かれたヒトガタは本物です・・・。

でも、これは呪いの類ではありません。

そして祟りの類でもない。

つまりその倉庫に封印されていた古の悪霊です。

しかも古代に人を殺し食いまくった挙句、それに飽きてしまい更なる力を蓄える為に自ら鉄の扉に封印させた所謂「大怨霊」という奴ですかね。

えっと、さっき天敵という言葉を使いましたよね?

人の天敵は古の悪霊なんかじゃありません。

呪い、犯罪、殺し、それらが人間の天敵だとすれば元々は人間がした事。

つまりは人間の天敵は人間なんですよ・・・・悲しい現実ですけど。

私もこれが呪いの類だったら正直なところ手を引こうと思っていました。

でも、これは古の悪霊であって呪いではない。

それならば私でも対処できます。

人間の天敵が悪霊なんだと思っているのだとしたらはっきり教えてやりますよ。

悪霊が大怨霊になろうと生きている人間の方が強いんだって事を!

そして悪霊にも天敵は存在するんだ、っていう事を!

つまり四つ目の選択肢というのは死を受け入れず、犠牲になりもせず、逆に

その悪霊を返り討ちにするという事です。

この時代にこの世に出てきた事を思いっきり後悔させてあげますよ。

そう言ってAさんは目の前のテーブルに置かれたヒトガタを手に取った。

その瞬間、ファミレスの店内の空気が一気に変わった。

まるで急激に店内の温度が下がったのを俺は感じだが、どうやらそれを感じているのは俺だけではなく店内にいた客全てだったようだ。

テーブルのあちこちから悲鳴にも似た声が上がり泣き出す者まで出る始末。

で、いつやるの?

俺がそう聞くとAさんは残った料理を手早く食べきると大きく深呼吸してこう言った。

う~ん、そうですね。

今から・・・やりますかね。

どうやら私が思っていた以上に相手はかなりのレベルの悪霊で、そして数も多い。

こんなのを野放しにしていたらいつ死人が出るか分からないですから・・・と。

俺達はすぐにファミレスから外に出た。

店内にそのまま居たら何が起こるかすら予想できない状況だったから。

ただ嶋田さんはその場から去る事は無かった。

いや、そもそも彼は俺達にこのヒトガタを託す気持ちは無かった様だ。

貴女みたいなか弱そうな女性にそんな事が出来るとは思えませんし、もしも出来たとしても甚大な被害が出てしまうんじゃないですか?

僕の代わりに誰かが死ぬのなんて絶対に嫌なんです。

だからやはり、そのヒトガタは僕が持っていないと・・・と。

その言葉を聞いて俺は思わず笑ってしまった。

一体誰がか弱い女性なのか?と。

そんな俺はAさんから強烈に冷たい視線を浴びせられる事になったが本当の事のだから仕方がない。

そして、島田さんの言葉に対してAさんがこんな言葉を返した。

まあ確かにか弱いかもしれませんが、別にあなたの為にヒトガタの処理を請け負った訳ではありませんから気にしないで大丈夫ですよ。

その言葉を聞いて嶋田さんはこう返した。

よく分からない事があるんですが・・・?

どうして貴女は見ず知らずの僕の為にそこまでしてくれるんでしょうか?

僕は大した謝礼も出来ませんしそもそもお金持ちでもありません・・・。

でも、人間の1人の命の重さは同じはず・・・。

だからせめて自分の命と引き換えにすれば何かが変えられると思ったんですから・・と。

すると、Aさんは少し考えてからこう返した。

他人の為にどうしてそこまでするのか?

それって私があなたに尋ねたいくらいなんですけどね。

何も修行もしていないでしょうしそもそもそれ程の霊感も持ち合わせてはいないみたいですからね。

対処方法も分からず事前にそんな恐ろしい情報ばかりをインプットされた状態でよくそんな決断が出来たもんです・・・。

普通なら先ず何とかして逃げる方法を模索すると思うんですけど?

まあKさんの知り合いという事だから変わってるのは仕方ないのかもしれませんけど。

それとね・・私が今回の依頼を引き受けたのは少しあなたという存在に興味があったからです。

つまり、私がこれを引き受けたのは面白そうだから・・・という事です。

もしかしたら、久しぶりに手応えのありそうな奴と対峙出来そうなので・・・。

それに、あなたの言う通り、こういう相手にはしっかりと分からせてやらないと駄目ですからね。

お前らは人間の天敵などではないし、こちらの方がお前らの天敵なんだって・・・。

だからお金とか謝礼は必要ありませんから安心してください。

ちゃんとあなたの代わりにお礼をしてくれる人が此処にいますから・・・。

そう言って俺に微笑みかける。

それにね・・・私ってそれほどか弱くはありませんから・・・。

見た目はモデルにしか見えないかもしれませんけどまあそこそこ経験も積んでますから。

だから多分負けるなんて事にはならないと思います。

それに今回は数も多いみたいなので仲間にも手伝ってもらいますから・・・。

そう言ってからAさんは俺達から少し離れて誰かに電話をかけた。

そして電話が終わり戻って来ると、一度自分のバッグに入れたヒトガタを取り出して嶋田さんに渡し、こう言った。

なんかとてつもなく心配しているみたいなのでこれから起こる事の一部始終をあなたにも見てもらう事にしました。

まあ、もしかしたら少しくらい怖い思いをするかもしれませんが・・・。

そう言って仰ぐように空を見るAさん。

既に夜の帳が降りた空はどんよりとして息苦しささえ感じられた。

この息苦しさはどんよりとした空のせいなのか?

それとも・・・・。

関連記事