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updated date : 2018/03/08

・・・・と一緒に過ごした夜

これは偶然飲み屋で出会った方から聞いた話である。

彼は元々は東京の出身であり、東京の私立大学を卒業して、それなりに

著名な企業に就職した。

ちょうどバブルの頃に大学を卒業した彼は、完全な売り手市場の環境の中で

幾つもの優良企業から採用され、その中でも特に評判の良かった会社を選ぶ。

しかし、程なくしてバブルが崩壊し、会社の経営は苦しくなっていく。

彼もその頃にはそれなりに頑張っており、会社にとっては必要とされている

社員なのだと確信していた。

しかし、矢先、会社では希望退職者を募る事になり、すぐに彼にも白羽の矢がたった。

彼はなんとしてでも会社にしがみつこうとしたのだが、そのうちに会社でも仕事を

与えられなくなってしまい、結局自暴自棄になって彼は会社を辞めてしまう。

しかし、彼にはそれなりに仕事に対する能力には自信があったらしく、次の

就職先など簡単に見つかる、と高をくくっていた。

だから、前の会社の退職時に支給された退職金でしばらくはのんびり暮らしたそうだ。

そして、いよいよ退職金が少なくなってしまってから慌てて次の就職先を探した

らしいのだが、長い間、仕事せずに遊び呆けていたのが災いしたのか、どの会社を

受けても全く採用して貰えなかった。

それも、以前の彼ならば絶対に受けないような小さな会社にまで面接に行ったが、

彼を採用してくれる所は何処にも無かった。

そのうちに、所持金は底をついたのだが、相変わらず就職先の目処はたたず、

住んでいたアパートにも居られなくなり、彼はホームレスとなった。

しかし、その頃はホームレスが急増していた時期でもあり、またホームレスにも

ナワバリの様なものがあるらしく、駅の建物に行っても公園に行っても彼を受け入れて

くれる場所は存在しなかったらしい。

そこで、彼は空家を見つけては其処を寝床にするようになる。

悪い事とは十分分かっていたが、その頃の彼にはそんな事を気にする様な心の余裕

は一切持ち合わせてはいなかった。

最初、空家に泊まった時、やはり怖かったという。

それは、誰かが帰ってくるのではないかという恐怖や、警察に見つかったら、という

恐怖、そして、もしも幽霊が出たら・・・という恐怖だったらしいが、しばらく

そんな生活を続けるうちに、そんな恐怖はあっさりと消えてしまった。

実際、雨風をしのげるというだけではなく、空き家にはどこか懐かしい匂いがした。

場合によっては、以前の住人が残していった家具や布団などがそのまま利用出来る

場合もあったし、昼間は日雇いの仕事をし、疲れて帰って来て寝るというだけの

利用だったから、彼には十分快適な住空間になった。

勿論、ごく稀に警察に見つかりそうになった事もあったらしいが、そんな時には

また新しい空家を探せば良いだけ、なので彼には何の不安も無かった。

そんなある日の事、彼はいつもの様に日雇いの仕事を終えると、時刻は既に

日付が変わっていた。

さすがにその時刻になると、その頃使っていた空き家には戻る気力は無く、彼は

ビールと弁当を買って、その夜の寝床として使えそうな空き家を探していた。

すると、突然、激しい雨が降り出して、彼は逃げるように、一軒の古びた民家に

飛び込んだ。

明らかに空き家なのは間違いなかったが、それでも彼がいつも拝借している

空家とは違い、あまりにも古い家屋だった。

それでも、外はまるで滝のような雨が降り続いていたので、彼はとりあえず、

タオルで濡れた服を拭き、とりあえずその空き家で雨宿りをする事にした。

気のせいか、その空家は、線香の匂いがしたという。

しかし、そんな事は、気にも留めず、彼は買ってきた弁当を食べ、ビールを

飲んでいると、疲れていたのか、もう他の空き家に移動する気力が無くなった。

季節は春だったが、それ程寒さも感じなかったので、彼はとりあえず

寝られれば良い、と考え、その場で横になった。

そして、彼はそのまま深い眠りに就いた。

どれ位の時間が経過しただろうか・・・。

彼は、もしもし・・・もしもし・・・という声によって眠りから覚めた。

最初、警察が見回りに来たのだと思ったらしい。

だとしたら、どうやって弁解しようか・・・。

そんな事を考えていた。

しかし、次の言葉を聞いた時、彼は一気に緊張から解放された。

あの・・・ビール、少し残ってるようですが、貰っても良いですか?

その言葉を聞いて、彼は声を掛けて来たのが、彼と同じホームレスだとすぐに

認識した。

そして、ゆっくり起き上がると、声のする方を見た。

すると、そこには、ホームレスとはとても思えない様な小奇麗な服を着た男性が

立っていた。

年齢は彼と同じ位であり、何も食べていないのか、彼よりもかなり痩せていた。

こんな奴がホームレスをしているのか?

彼は少し藤木に思ったが、それでも彼が飲み残したビールを欲しがっているのだから、

きっとホームレスに違いない、と確信する。

彼は翌朝の分として買っておいた弁当をその男に差出し、余っていたビールも彼に

あげた。

すると、その男は、何度もお辞儀をすると、無言のまま、弁当を食べ出した。

弁当にがっついている姿を見ていると、きっと自分も他の人から見れば、こんな風に

映っているのかと思うと、少し滑稽に思えた。

そして、弁当を食べながら、その男は色々と彼に話しかけてきた。

どうやら、その男は彼がその家に飛び込んでくるずっと前から、その空き家に

住みついているらしく、その空き家の事を詳しく語ってくれる。

そして、その話が終わると、今度は、人生哲学みたいな話を始める。

最初は、くだらない話だろう、と聞き流していたらしいが、どうやらその男は

かなりの苦労をしてきたらしく、それを面白おかしく、そして時に熱く語ってくれる。

そして、彼に対して、自分のようになってはいけない、と何度も繰り返す。

死ぬ気になれば何でも出来るから・・・。

自分みたいに諦めたら、もう終わりだ・・・。

死ぬのは、決して楽になれる事ではない・・・。

死ぬ、とか終わり、という言葉がよく出てきくるのは気になったが、それでも

その話には不思議な

説得力があり、彼は知らないうちに頷きながら熱心にその話に聞き入った。

そして、その男が弁当を食べ終わり、ビールを飲み干すと、彼とその男は

その場で並んで横になった。

そして、色々な話をしているうちに、彼はまた眠たくなってきて、そのまま

寝てしまう。

久しぶりに一人ぼっちではなく寝られるというのは、彼にとってはとてつもなく

安心出来る事だった。

相変わらず、線香の匂いが部屋の中に充満しており、それは先程よりも強く

なっていたのだが、そんな事を気に留める時間もない程彼はあっさりと

深い眠りに落ちた。

そして、次に目が覚めると朝になっていた。

昨夜の雨が嘘のように、明るい光が差し込んでいた。

とても気持ちの良い朝・・・・。

そうなる筈だった。

しかし、彼は部屋の中に充満したフルーツの様な匂いでむせ返ってしまい、

慌てて部屋の窓を開けた。

そして、昨夜の男は何処にいるのか、と家の中を探しに出て、すぐに彼は腰を

抜かしてしまう。

彼が寝ていた部屋の隣。

その小さな部屋の中に何かがぶら下がっていた。

彼は腰を抜かしたまま、身動きが出来ず、それを見ていた。

それは、もはや男女の区別も出来ない程、腐乱し、垂れ下がった首吊り死体だった。

縄に掛けられた顔は大きく膨れ上がり、縄から長く伸びきった首が、畳の上

の身体部分を何とか支えていた。

それでも、彼はその時、その首吊り死体が、誰なのか、何となく分かったという。

きっと、昨夜のあの男が・・・・。

そう考えると、確かに気持ち悪いものではあったが、不思議と怖さは感じなかった。

それは、きっと今目の前に垂れ下がっている男が、彼に自分の様になってはいけない、と

教える為に、現れてくれたのだと感じていたから。

彼は、少し気持ちが落ち着くと、しっかりと両手を合わせて黙祷した。

そして、その家から出る際、昨夜、あの男にあげたはずの弁当が手つかずのまま

残っているのを見て、やはりそうか・・・と納得した。

そして、その空家から出ると、すぐに警察に電話を掛けた。

勿論、名乗りはしなかったらしいが・・・。

そして、彼はそのすぐ後、縁があって、金沢で就職口を見つけて、金沢市に

引越しした。

それからは、ずっと金沢市で生活し、今では妻と2人の子供と共に、一戸建ての

家に住み、それなりに幸せな暮らしを送っているのだという。

そして、それもこれも、あの夜、出会った男からの教訓があったればこそ、だと

熱く語ってくれた。

その男性が、少しでも苦痛から解放されるように祈るばかりである。


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